NYの片隅から日本の片隅へ。

2017年8月からアメリカのNY州フレドニアで交換留学をしていたモラトリアムがちな女子大生が日本に帰国してから色々と考えたり間違ったりする奮闘記。

最近の悩み、原因特定。

 

 

ここ何週間かおかしいなと思っていたこと、悩みが今解決した。

 

 

 

 

確かに他のことでも悩んでいたりはしたけど、

 

 

 

この悩み、というか疑問は自分で解決できることじゃないのかなーって思ってたけど、

 

 

 

ついさっきグーグル先生に聞いたら教えてくれて、スッキリ解決。

 

 

 

 

何かと具体的に言えば、、、

 

 

 

口の中の舌の位置。

 

 

 

 

最近やけに下の歯に舌が当たって、嚥下と発音がしにくくなっていた。

 

 

 

どうしても下の歯と舌がくっつくような気がして、そこが気になってどうしようもなかった。

 

 

 

で、さっき調べたら、

 

 

 

 

話すことが少なくなったり、姿勢が悪くなると人間の舌はどんどん下がるようにできていて、

 

 

 

正しい舌のポジションを維持できなくなるらしい。

 

 

 

 

これはなるほど。

 

 

 

 

ここ数週間ぐらい携帯とかパソコンの画面を見続けて、どんどん姿勢が悪くなっていた気がする。

 

 

 

 

そして話すこともなかなか少なくなっているから、(塾で教えてる時もすこーしずつ自分の発音に違和感を覚えるようになっていた)

 

 

 

その原因が気になっていた。

 

 

 あるサイトによると、

 

 

 

人間の舌にも正しいポジションがあって、

 

 

 

上の歯の真ん中にしたの先がくっついている。舌全体が吸盤のように上顎についてることが “正しい” 舌の位置。

 

 

 

 

だからよく話す人は口角が上がって舌の位置も正しくなる。

 

 

 

 

最近ずっと下顎に舌がついていた私はかなり深刻な舌のポジションになっていたらしい。

 

 

これを続けていると舌の筋肉が弱くなって、

 

 

 

滑舌が悪くなったり、

 

 

 

顔のほうれい線が目立つようになることもあるそう。

 

 

 

 

確かに最近ほうれい線は気になりだしていた、、、。

 

 

 

 

まだそこまでの歳じゃないはずなのに(と思っている)。

 

 

 

 

これを機に正しい舌のポジションをキープして、

 

 

 

それに加えて毎日舌の体操もするといいみたいだから、

 

 

 

気をつけよう。

 

 

 

 

自分の意識が変われば色々変わってくる!

 

 

 

 

そう信じて、ここ何週間かの負のサイクルを改善すべく動き出そう。

 

 

 

 

 

心を整えようとしても整わない理由。

 

 

 

ここ最近で今が一番呼吸困難。

 

 

 

 

原因は自分でわかってるけど、どうしてもうじうじというか、進まない。

 

 

他のことなら思いっきりできるのに、そのことになると全然動けなくなって、臆病になって、立ち止まってしまう。

 

 

 

 

ゴールが見えないからきつい。

 

 

 

 

そしてそのゴールを自分でどんどん引き延ばしているから尚更。

 

 

 

 

 

ああ、すっきりしたい。

 

 

 

 

 

 

やれること終わらせて、すっきりしたい。

 

 

 

 

 

心のモヤモヤを整えて、体から喜べることをしたい。

 

 

 

 

 

 

夏休みの宿題をサボってサボってギリギリまで引き延ばして、

 

 

 

 

最後の最後に徹夜で終わらせようとして焦ってる。

 

 

 

 

 

そんな気分。

 

 

 

 

 

失敗の許容範囲。

 

 

 

 

端的に言うと、昨日失敗した。

 

 

 

バイトでの仕事内容に関してなので、個人的な備忘録にもなると思うので、その内容を書いて行こうと思う。

 

 

 

前々日からバイトで頼まれていた担当の高校3年生の進路面談をして、

 

 

 

初めて保護者を前にして、冬季の授業スケジュールを組む業務。

 

 

 

 

そこでかなりの失敗をした。

 

 

 

 

まず、準備不足でその子の成績、志望校、授業の現状などを整理することができなかった。私が授業を持っている子なのにあまり進路の話や成績について話していなかったのが原因。

 

 

 

心の中で自分が進路指導をすることはないだろうとたかをくくっていたからと言うのもある。

 

 

 

意識が足りなかった。

 

 

 

面談前にも授業が二コマ入っていて、考える余裕がなかったのもある。何をどうしたらいのか深く考える余裕がほとんどなかった。

 

 

 

それと、面談の流れがうまく構成できなかった。

 

 

 

まず生徒の現状を説明する段階で、授業について触れられなかった。お母さんに家庭での勉強の様子を聞いたり、本人に勉強の調子を聞いたりすることもできなかった。

 

 

 

話の中身がぼやけたまま、本人の成績表を見てただ点数の内訳を話すだけ。

 

 

 

 

その後のコマ数決めも、どの程度とってもらえればいいのか、事前のチェックが甘かった。数字が苦手なことも原因。週に何回で3月までのどのくらいの授業数なのか、教科の内訳でどのくらいのコマ数を入れれば良いのかがはっきりと伝えられなかった。

 

 

 

後は話す内容が薄かったこと、しっかり本人の進路の希望、現状を把握できなかったことが反省点。

 

 

 

 

今まではただ生徒が楽しい授業をして、成績やコマ数などの事務的な仕事はほとんどしていなかったから、生徒の進路のこともほとんど考えが至っていなかった。

 

 

 

当然初めての面談でうまく行くとは思っていなかったけど、今回自分のできなさを再確認。

 

 

 

仕事をやる上で足りないものがあれもあれもって出てきて、面談後は不安で、帰ってもなかなか寝付けない夜だった。

 

 

 

でも昨日それを経験したからこそ、次につなげたいと思う気持ちも増してきたし、

 

 

 

自分の成長の速度が減退していることもに気づけたからよかった。

 

 

 

最近は少し生産性も、活動力も落ちてきていて、

 

 

 

 

生活リズムも負のスパイラルに陥りがちだったけど、今回のこの経験をきっかけになって、

 

 

それを見直す程よい緊張感と思考が戻った気がする。

 

 

 

ただただ消化している人生よりも、自分でチャンスを掴み取って、成長して行ける人生の方がはるかに面白い。

 

 

 

 

つまらないことが続いて何も起こらないように見えて、それに自分からアクションを起こすことをためらっていただけなのかもしれない。

 

 

 

 

とにかく行動、思考、行動、思考。

 

 

 

 

考えない時間が増えれば増えるほど、パフォーマンスが落ちて自己嫌悪の繰り返しになってしまうから、

 

 

 

考えて、行動して、考えて、行動する。

 

 

 

 

そして、常に明日に楽観的になる。

 

 

 

 

 

それが唯一人生を自分で回して行けるコツ。

 

 

 

 

今回の失敗は、失敗のように見えて、実際は成功の準備段階だと思う。

 

 

 

 

次にどうパフォームすれば良いのか、経験で学ぶことができた大切な1日だった。

 

 

 

 

 

今日もそんな1日になると良いな。

 

 

 

 

トラウマを乗り越える方法。

 

 

 

 

 

人には必ず何かしらのトラウマがあると思う。

 

 

 

 

例えば小さいときに近所の犬に吠えられたり噛まれたりして、犬を見るたびにそのことが思い出されて近づけない。

 

 

 

昔自転車の事故にあって、自転車に乗るたびに何度もその事故の光景が頭に浮かんでくる。

 

 

 

 

大なり小なりトラウマを抱えていて、

 

 

 

 

同じような情景に遭遇すると、その時の記憶が想起されて、不安感、緊張、恐怖を感じるようになる。

 

 

 

 

 

私には今まであまりそんなトラウマはないはずだった。

 

 

 

 

でもここ2、3年の出来事はかなり自分の中でトラウマになっていて、

 

 

 

 

一つ一つのことも、何か小さなきっかけで思い出してはその時の感情が蘇って、

 

 

 

 

かなり動揺してしまうことがある。

 

 

 

 

一時期はそんな経験を積めば積むほど、

 

 

 

トラウマに対する恐怖感が出てかなりネガティブになってしまうことが多かった。

 

 

 

よく塞ぎ込んだり、その記憶を忘れようと自暴自棄になることもあった。

 

 

 

 

でも最近は、徐々にその記憶自体と向き合って、自分の心のコントロールができるようになってきて、

 

 

 

自分的には上手く立ち回っている気がする。

 

 

 

 

 

で、その理由を少し考えた時、

 

 

 

 

 

今までやってきたことと真逆の反応、つまり、そのトラウマが起こった瞬間の事実から逃げない、受け止める。

 

 

 

そしてそこから自分が何を学んだか、そのトラウマの後に起こった自分の成長、幸せを考えて、トラウマ自体を許容する。

 

 

 

そうすることによって、無理に忘れよう、避けようとしていたときに比べて心はかなり安定するし、

 

 

 

一時の感情に自分の心を支配されにくくなった。

 

 

 

 

大事なのは、ダメな自分をありのまま、その当時のまま受け止めること。

 

 

 

そしてそんな自分でも幸せに慣れた瞬間がたくさんあったことを思い出すこと。

 

 

 

その記憶があったから今の自分がいられることを肯定してあげると、

 

 

 

 

 

いつの間にか記憶は薄れても行くし、気にならなくなる。

 

 

 

 

 

大事なのは、今の自分とその時の自分を結び付けないこと。

 

 

 

 

一瞬の時が過ぎた後は、自分はもう新しい自分になっている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

募る想いとその先。

 

 

 

数週間ぶりに日記。

 

 

 

 

ここ2週間は東京と新潟を行ったり来たりしていて、

 

 

 

割とめまぐるしく動いていた。

 

 

 

 

特に東京にいるときはかなり歩き回ったり人と会ったりしていたので、

 

 

 

 

その反動で新潟に帰ってきた後の自分の脱力感がなかなか大変だった。

 

 

 

 

でも、一応の目標は一つ達成して、

 

 

 

決められない性格の私が一気に物事を決めたから、

 

 

 

 

これはこれで進歩だと思う。

 

 

 

 

あとはこのあと。

 

 

 

 

残りの時間をいかに使うか。

 

 

 

 

一つ一つあげていったらキリがないけど、

 

 

 

 

あまり欲張りにならずに、

 

 

 

 

 

心の優先順位に従って行こうと思う。

 

 

 

 

 

 

何にしてもここから。

 

 

 

 

スイッチを押した後。

 

 

 

今週はここ数ヶ月の中でもかなり動き回った1週間だった。

 

 

 

日曜日から東京に行って、月曜日から水曜日まで一日2件の就活。

 

 

 

事前にOfferBoxというサイトでオファーのあった企業と、某〇〇ナビで検索したサイトに面談、説明会に行ってきた。

 

 

 

面談はOfferboxでプロフィールを見てもらった企業が多かったから、留学のこと、自分の経歴なんかもわかってくれる事路が多くて助かった。

 

 

 

自分でも自負しているつもりだけど、

 

 

 

私はかなり特殊な経歴を持っているから、その辺に興味を持ってくれる企業が多くて、

 

 

 

留年でも諦めないで留学してよかったなとは思う。

 

 

 

 

でも、

 

 

 

面談がうまく行った反面、心配なこともあって、

 

 

 

 

それはプロフィールに書かれている自分と本物、というか波のある私とのギャップがあること。

 

 

 

 

企業は私がやったこと、つまり経験に対してはすごく評価してくれているけど、

 

 

 

実際の私の心情としては、経験だけが先走りしていて、私の実力というか、実際の能力とは少し違う気がしているところ。

 

 

 

 

それは肩書きに実力が伴っていないのと一緒。

 

 

 

 

英語も、コミュニケーション力も、

 

 

 

努力して身につけたというよりも、

 

 

 

 

ただ好きで、好きで好きでしょうがないから、

 

 

 

 

深く考えずにただ続けてきただけ。

 

 

 

 

それがいい感じにマッチして、インターンもすごく楽しかったし、

 

 

 

 

ある意味仕事というよりも、楽しいクラブ活動のような感覚だった。

 

 

 

 

だから、これが仕事となると自分の実力が本当にあるのかが、紙の上では大げさに、凄いことのように読めてしまうけど、

 

 

 

 

そこのギャップが自分でもわからない。

 

 

 

 

ただ、留学中に自分を抑えずに、楽しむ。

 

 

 

 

この感覚を得たから、

 

 

 

どうしてもそうやって生きて行きたい。

 

 

 

この感覚を捨てたくない。

 

 

 

 

そんな気持ちがどんどん強くなっている。

 

 

 

 

 

だから、

 

 

 

 

次の人生のステップを踏み出そうとしている今、

 

 

 

私の基準はそこでぶれずに、自分を抑えずに、楽しく。

 

 

 

を実現できる場所に進んで行きたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

やる気スイッチの向こう側。

 

 

 

 

某学習塾のCMで宣伝していた言葉。

 

 

 

「やる気スイッチ」

 

 

 

「君のはどこにあるんだろう」

 

 

 

 

 

勉強したくない子供の背中にスイッチがついていて、それを押せば自動的に勉強のやる気が出る。

 

 

 

 

見ていると自分のスイッチはないかと探し始めてしまいそうなぐらい、

 

 

 

 

誰もが欲しい代物だろう。

 

 

 

 

でももし仮に私の背中にやる気スイッチがついていたとして、

 

 

 

 

 

スイッチを押した瞬間はすごくやる気が出そうではあるが、

 

 

 

 

かといってそのやる気はスイッチを切るまで持続するのだろうか。

 

 

 

 

こう思う。

 

 

 

 

スイッチがあったとしてもそこには元になる電源、ないしはバッテリー的なものが存在していて、

 

 

 

 

こまめに充電するか、容量の大きなバッテリーを使わないとすぐに電池切れになってしまう。

 

 

 

さしずめソーラーパネルの電源のように。

 

 

 

降り注ぐ太陽は他人からの評価、自分への自信、信頼。

 

 

 

それが少しでもなくなる=太陽が雲に隠れてパネルが日光に当たりにくくなる

 

 

 

 

そうするとどんなにスイッチをONにしても一向にやる気というエネルギーは生まれてこない。

 

 

 

私のやる気はそんな太陽光発電のようにできている気がする。

 

 

 

 

全ての人間は違うエネルギー源を持っている。

 

 

 

 

私に必要なのは浴びれば浴びるほど充電されるのかもしれない。

 

 

 

 

 

そして少しでも光が陰ることで、

 

 

 

 

スイッチを押しても動かなくなってしまうのかもしれない。

 

 

 

 

 

「やる気スイッチ」

 

 

 

 

 

「私にはスイッチよりも大事なものがある」