NYの片隅から日本の片隅へ。

2017年8月からアメリカのNY州フレドニアで交換留学をしていたモラトリアムがちな女子大生が日本に帰国してから色々と考えたり間違ったりする奮闘記。

夢を叶えるための近道と回り道。

 

 

 

私には小学校から思い描いていた夢があった。

 

 

今振り返れば、それは将来やりたい仕事でもなく、ただ単なる憧れに過ぎなかった。

 

 

 

その夢は、

 

 

 

「英語を話したり書いたりできるようになること」

 

 

 

当時は漠然と、英語の単語が書けたらかっこいいかな。

 

 

 

英語の歌が歌えるようになったら楽しいな。

 

 

 

そんなイメージしかなかった。

 

 

 

 

でも、中学、高校と進学していくうちに、私の中でその夢はただの憧れではなくなった。

 

 

 

何度も挫折した。

 

 

 

中学校の時は英作文がうまく書けずに、担任の英語の先生に毎日英語の日記を見せて添削してもらっていた。

 

 

 

高校の時は、複雑な文法用語や暗記しなければいけない単語の量に圧倒され、テストの点数も学年が上がるごとに下がっていき、

 

 

自分の英語力の低さに諦めや焦燥感を持っていた。

 

 

 

それでもその時は英語の教師になりたいという目標を捨てきれず、

 

 

 

受験の最後の最後まで、これまた担任だった英語の先生に英作文の添削、読解の指導をしてもらっていた。

 

 

 

 

大学に入ってからはかなり英語と自分との距離が離れてしまって、なんとか留学に行こうとしたが、1回目のチャンスをこれまた自分の英語力のなさから逃してしまい、

 

 

 

 

具体的な英語教師の夢も諦めてしまった。

 

 

 

 

そんな私が、1年前、アメリカに留学し、英語を使うこと、教室の中だけでなくいきている環境そのもので英語を使う面白さを知った。

 

 

 

 

そして、帰ってきて結局私ができたこと、やりたかったことは、

 

 

 

 

私の今まで苦しかったこと、

 

 

英語が話せない、書けない、聞けない、読めないことで悩んでいた自分と同じように今、悩んでいる生徒に少しでも英語を好きになってもらうことに集中することだった。

 

 

 

やり始めた時はまだ気づいていなかったけど、

 

 

 

今考えると、それ以外は見えていなかった。

 

 

 

私は今、ただ純粋に、自分ももっと学びたいという気持ちと、

 

 

私を受け入れてくれた、一緒に楽しんでくれた、

 

 

生徒のみんなが、前より1ミリでも英語の世界に興味を持ってくれること、

 

 

 

そして、その子にとって日本の外の世界がもっと近づいていくこと。

 

 

 

 

 

それだけ。

 

 

 

 

 

幼い私と、今の私。

 

 

 

 

結局好きなものは変わらない。だから多分、

 

 

 

 

「英語を話せる、書けるようになる」の夢は今も変わらない。

 

 

 

 

そしてその上に、もう一つ、

 

 

 

「英語を自分以外の誰かにとっても“楽しい”と思えるようにする」

 

 

 

これが新しい私の夢。

 

 

 

 

 

夢は職業じゃない。夢は叶わないものじゃない。

 

 

 

 

 

夢は、自分の心を動かして話さないもの。