NYの片隅から日本の片隅へ。

2017年8月からアメリカのNY州フレドニアで交換留学をしていたモラトリアムがちな女子大生が日本に帰国してから色々と考えたり間違ったりする奮闘記。

やる気スイッチの向こう側。

 

 

 

 

某学習塾のCMで宣伝していた言葉。

 

 

 

「やる気スイッチ」

 

 

 

「君のはどこにあるんだろう」

 

 

 

 

 

勉強したくない子供の背中にスイッチがついていて、それを押せば自動的に勉強のやる気が出る。

 

 

 

 

見ていると自分のスイッチはないかと探し始めてしまいそうなぐらい、

 

 

 

 

誰もが欲しい代物だろう。

 

 

 

 

でももし仮に私の背中にやる気スイッチがついていたとして、

 

 

 

 

 

スイッチを押した瞬間はすごくやる気が出そうではあるが、

 

 

 

 

かといってそのやる気はスイッチを切るまで持続するのだろうか。

 

 

 

 

こう思う。

 

 

 

 

スイッチがあったとしてもそこには元になる電源、ないしはバッテリー的なものが存在していて、

 

 

 

 

こまめに充電するか、容量の大きなバッテリーを使わないとすぐに電池切れになってしまう。

 

 

 

さしずめソーラーパネルの電源のように。

 

 

 

降り注ぐ太陽は他人からの評価、自分への自信、信頼。

 

 

 

それが少しでもなくなる=太陽が雲に隠れてパネルが日光に当たりにくくなる

 

 

 

 

そうするとどんなにスイッチをONにしても一向にやる気というエネルギーは生まれてこない。

 

 

 

私のやる気はそんな太陽光発電のようにできている気がする。

 

 

 

 

全ての人間は違うエネルギー源を持っている。

 

 

 

 

私に必要なのは浴びれば浴びるほど充電されるのかもしれない。

 

 

 

 

 

そして少しでも光が陰ることで、

 

 

 

 

スイッチを押しても動かなくなってしまうのかもしれない。

 

 

 

 

 

「やる気スイッチ」

 

 

 

 

 

「私にはスイッチよりも大事なものがある」